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月ヶ瀬梅渓保勝会

明治初年頃科学染料の輸入で、烏梅の需要が激減し始め、その価格が急落した。そのため梅樹を伐り倒して炭を焼き、桑や茶園に切り替える農家が続出して、梅樹の数は年々減少傾向をたどることになり、梅林の衰退が始まった。

明治23年(1890年)隣接の上野町(上野市)実業家・田中善助、奥田源吉村長、村出身の県議脇野喜郎が奔走して『月瀬保勝会』を設立し、梅渓保護。育成の活動を始める。

明治33年(1900年)11月10日付けで『月瀬保勝会』の設立が認可された。発起人は、脇野喜郎・田北貞・奥田源吉で管理者は月瀬村長、従事する者は村会議員となっている。

財団法人月ケ瀬梅渓保勝会創立100周年記念誌
香世界懐古 発行日/平成11年(1999年)1月1日より


保勝会では、梅の樹の剪定・消毒・古木の管理・梅樹下の除草・肥培管理・梅の実の収穫・景観整備などを行っている。

歩道工事による梅樹移設準備

同じく移設準備

同じく移設準備

移設完了後の工事用地


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梅の資料館の1階・2階・3階の各階のご案内です。
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月ケ瀬梅の資料館の主な仕事の一つ、月ヶ瀬梅渓保勝会についてのご案内です。
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月ケ瀬梅の資料館のもう一つの主な仕事の、月ヶ瀬観光協会についてのご案内です。