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著名人の足跡

①月ケ瀬を訪れた著名人(政治家や文化人)

☆1830年(文政13年) 齋藤 拙堂 (さいとう せつどう)
☆1831年(天保 2年) 頼  山陽 (らい さんよう)
☆1843年(天保14年) 佐々木弘綱 (ささき ひろつな)
☆1848年(嘉永 元年) 貫名 海屋 (ぬきな かいおく)
☆1852年(嘉永 5年) 松浦武四郎 (まつうら たけしろう)
☆1859年(安政 6年) 朋林 光平 (ともばやし みつひら)
☆1862年(文久 2年) 藤沢 南岳 (ふじさわ なんがく)
☆1869年(明治 2年) 田能村直入 (たのむら ちょくにゅう)
☆1870年(明治 3年) 西園寺公望 (さいおんじ きんもち)
☆1877年(明治10年) 奥原 晴湖 (おくはら せいこ)
☆1877年(明治10年) 村田 海石 (むらた かいせき)
☆1879年(明治12年) 本田 種竹 (ほんだ しゅちく)
☆1885年(明治18年) 佐々木信綱 (ささき のぶつな)
☆1886年(明治19年) 井上  毅 (いのうえ こわし)
☆1886年(明治19年) 福沢 諭吉 (ふくざわ ゆきち)
☆1887年(明治20年) 品川 弥二郎 (しながわ やじろう)
☆1887年(明治20年) 西郷 従道 (さいごう つぐみち)
☆1889年(明治22年) 新島  襄 (にいじま じょう)
☆1890年(明治23年) 伊藤 博文 (いとう ひろふみ)
☆1893年(明治26年) 幸田 露伴 (こうだ ろはん)
☆1893年(明治26年) 尾崎 紅葉 (おざき こうよう)
☆1893年(明治26年) 巌谷 小波 (いわや さざなみ)

☆1897年(明治30年) 富岡 鉄斎 (とみおか てっさい)
☆1898年(明治31年) 田山 花袋 (たやま かたい)
☆1898年(明治31年) 大杉  栄 (おおすぎ さかえ)
☆1904年(明治37年) 浅井  忠 (あさい ちゅう)
☆1909年(明治42年) 山縣 有朋 (やまがた ありとも)
☆1911年(明治44年) 長塚  節 (ながつか たかし)
☆1914年(大正 3年) 永坂 石(ながさか せきたい)
☆1916年(大正 5年) 永井 荷風 (ながい かふう)
☆1924年(大正13年) 中村 憲吉 (なかむら けんきち)
☆1929年(昭和 4年) 谷崎潤一郎 (たにざき じゅんいちろう)
☆1931年(昭和 6年) 新渡戸稲造 (にとべ いなぞう)
☆1934年(昭和 9年) 高浜虚子 (たかはま きょし)
☆1936年(昭和11年) 種田山頭火 (たねだ さんとうか)
☆1946年(昭和21年) 安倍 能成 (あべ よししげ)
☆1950年(昭和25年) 吉井  勇 (よしい いさむ)
☆1950年(昭和25年) 今 日出海 (こん ひでみ)
☆1962年(昭和37年) 丸山 佳子 (まるやま よしこ)
☆1966年(昭和41年) 金田一京介 (きんだいち きょうすけ)
☆1967年(昭和42年) 水上  勉 (みなかみ つとむ)
☆1984年(昭和59年) 狭川 明俊 (さがわ みょうしゅん)
☆1985年(昭和60年) 山口 誓子 (やまぐち せいし)

月ヶ瀬梅渓と歴史探訪より
(奈良市合併10周年記念)

②以上の様にたくさんの著名人が訪れたのは、特に斎藤拙堂・頼山陽が日本全体に月ヶ瀬梅渓の良さを広めたからです。

齋藤拙堂(さいとう せつどう)
文政13年(1830)年、斎藤拙堂(さいとう せつどう)一行が訪れ、観梅遊行の紀行文「月瀬記勝」を著し明治の中頃までのロングセラーとなりこれを読んだ全国の文人等によって毎年観梅の季節、月ヶ瀬はたいへんにぎわいました。

頼 山陽(らい さんよう)
齋藤拙堂の「梅渓遊記」を添削した山陽は、「梅渓遊記」に寄せた批評文のなかで、拙堂がこの旅行に誘ってくれなかったことを遺憾千万だと恨んでいる。そして年が明けると多くの友人達に手紙を送り、月ヶ瀬観梅に誘っており、拙堂の翌年に月ヶ瀬観梅が実現しました。

齋藤拙堂(さいとう せつどう)

1797年~1865年

頼 山陽(らい さんよう)

1780年~1832年

齋藤拙堂 碑(月瀬)
名張川の西側、月瀬への旧登り道入り口バス停『月ノ瀬』前に、斎藤拙堂の碑があります。
碑の後ろに「月ケ瀬を梅の名所として初めて世に紹介されたのは、明治9年(1772年)の「翁草」であるが、その後、特に天下に広く月ケ瀬梅林の名を有名にしたのは、何といっても、斎藤拙堂の「観梅遊記である」。・・・・・

頼 山陽 誌碑(尾山)
天神社と見晴荘の間に頼山陽誌碑があります。
来訪を記念した詩碑は月ケ瀬湖に水没してしまいましたが、観光会館(現在の梅の資料館)に拓本が残っており、その後再び尾山天神社横に建立されています。

月ヶ瀬梅渓と歴史探訪より
(奈良市合併10周年記念)

③他にも月ケ瀬には、本田種竹、富岡鉄斎、谷崎潤一郎、種田山頭火、佐々木信綱、狭川明俊、丸山佳子などの碑があります。

本田種竹 碑(長引)
月ケ瀬梅の資料館前休憩所

富岡鉄斎 碑(長引)
月ケ瀬梅の資料館駐車場

谷崎潤一郎 碑(桃香野)
竜王梅林 茶工場前駐車場

種田山頭火 碑()

佐々木信綱 碑(石打)
脇野宅前 県道82号道路脇

狭川明俊 碑()

丸山佳子 碑(尾山)


江戸時代から多くの文人墨客に讃えられその景色を愛でられた月ヶ瀬梅渓。月ヶ瀬に来遊し残した足跡・著書など展示しています。